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Toricago Lifehack Research

『鬼速PDCA』を読んでBMWの購入を諦めた話

PDCA

 『鬼速PDCA』(著:冨田和成さん)というのは、昨年11月からONISOKUで売れ続けている大ヒットビジネス書である。昨今の生産性ブームと相まってPDCAに注目が集まっているのかもしれない。

 さて、その中で、高級車のBMWについて面白い話が出てくるので、今日はその話をしたい。少し引用しよう。

 友人が高級車を買ったのを見て「俺も1年以内にBMWを買おう」とゴールを決めたとする。そこで一度立ち止まって「なぜBMWがほしいのか?」と自問自答した結果、実は単に「負け惜しみ」というあまり前向きではない欲求がその背景にあったとしよう。その時はさらに自問自答するのだ。

 「自分はいったい何がしたいのか?将来、どうなりたいのか?」と。

 その結果はもしかしたら「将来、お金に不自由しない生活を送ること」だということに気付くかもしれない。だとすれば、いま手元にあるなけなしのキャッシュを一時の見栄のために使うのではなく、その分を投資にまわして十分に余剰なキャッシュが生まれたら買えばいいという合理的な判断ができるだろう。

 するとその時点で「BMW購入」のPDCAが止まるが、同時に「投資でお金を増やす」という別のPDCAが回り始めることになる。

 これを読んだ時、「そういう見栄を張る人いるよね〜!ガハハ!」という感想を私は抱いた。だが、ここに大きな落とし穴がある。どういうことか。具体例を紹介しながら解説しよう。

読書から学び成長することを難しくしている2つの理由

 例えば、仕事術の本を買って開くと、「日本人の生産性は本当に低い。なぜなら会議が長くて、上司が帰れるまで自分は帰れなくて、…」などと紹介されていたとする。そうしたときも、「うんうん。こういう上司のせいで自分は…」とか、「そうそう、マジうちの会社の会議長すぎ〜!」という感想を持ってしまう。

 本来は、「この例はまさしく自分のことだ。自分を変えていかなければマズイことになる」と、反省の気持ちを感じるべきところであるのだが、完全に第三者目線で読んでしまうということになりがちである。私だけかと思っていたが、色々な人と話している限り、多くの人が同じ現象に陥っているのではないかと感じている。

 なぜ、こういうことが発生するのか。理由は2つある。

理由①:自分はデキるという潜在意識

 一つは、そもそも仕事で疲れている中で、限られた余暇の時間を使って仕事術の本を買ってきて読んでいる、ということを考えるとわかりやすい。「自分はこんなにやる気と向上心があって、きっと他の人は読んでいないであろう、こんな意識の高い本を買って読んでいるぜ!」という潜在意識があるのではないか。

 さらには、仕事術の本は「デキる人」「デキない人・残念な人」などのワードを散りばめ、読者の劣等感を刺激し、読者を煽るような書き方をすることが多い。(ただし『鬼速PDCA』はそういう不必要な煽りがほとんどない良書である。)

 そうすると、その本の中に出てくる「ダメな人の例」に対して、「へ!俺は、こんなんじゃない!」と無意識に反応してしまっている可能性がある。若干の優越感を得る事ができるし、読んだ後に「この著者はわかってるじゃないか!ガハハ!」「俺もデキる側の人間だぜ!」と満足感を得ることもできる。これにより、私達は斜に構えた読書をしてしまうのである。

理由②:比喩的思考の欠如

 もう一つの理由は、「比喩的思考の欠如」である。冒頭のBMWの例は、こちらの要因が強い。「BMWが欲しい!」という例は非常にわかりやすい例であるが、一般化されていたり抽象化されていたりすることで、第三者目線に陥りやすい欠点がある。

 では逆に、もし具体性の高い例を持ってくると何が起こるか。著者の過去の体験をもとにした非常に具体的でリアルな例が紹介されていると、今度は読者がついていけなくなるのだ。その状況を実体験したことのある人しか理解し共感できなくなる。そうなるとお手上げだが、前者のBMWのような一般化された例だと「比喩的思考力」があれば解決する。

 比喩的思考力とは今作った言葉であるが、要は「自分にとってのBMWとはなんだろうか?」と立ち止まって考える力のことである。これがないと、「BMWは自分に関係ない!」と思ってしまう。

斜に構えずに読書から学ぶには?

 「自分はデキるという潜在意識」や「比喩的思考力の欠如」を乗り越えるには、どうすればよいのか。一つのお勧めの方法は、「もう一度、同じ本を読む」ということである。一回目はどういう展開になるのかわからないので、心が無意識のうちに身構えてしまい、自分を第三者的立場という安全な場所に避難させ、隠れておきたくなる。そうしないと、「著者に猛烈にディスられるかもしれない。怖いよ〜」という不安があるからだ。

 しかし2周目となると、本の展開は完全に把握しているので、不安な要素が一切ない。それに一読目と比べると冷静に読み進められるので、「BMWの例を一読目はスルーしたが、これって自分の人生だと何に相当するのだろうか?」と自然と考え出してしまうほどの余裕も生まれるのである。

私にとってのBMWは?

 ということで、私にとってのBMWを考えてみると、それは「ブログ」ということになった。

 ブロガーとしていくつかのブログ運営本を読んでみたりしたが、夢が膨らむ話がたくさん出てくるのである。ブログが人気化し本として出版し有名人になる、ブログのアクセス数が増えて広告収入が会社の給料を超える、会社を退職してブログで生きていく、などが良く出てくる例である。そういう話をたくさん読んでいると「ヒエ〜!オレも大人気ブロガーとなって日本一のライフハッカーとして認知されてぇ〜!」という気持ちがフツフツと湧いてきてしまう。そして、記事を投稿した後は、「もっとバズらないかね〜!」と思ったり「もっと検索流入増えないかね〜!」と思ったりしたこともあった。

 この話とBMWの話は割りと近いところにあると、『鬼速PDCA』の2読目に気付いた。もちろん、ブログの優先順位の高い人は、バズることもアクセス数も大変に重要な場合があるし、ポジティブな動機が背景にある場合も多いだろう。が、私の場合はブログの優先順位は低い。メインのPDCAに時間とエネルギーをなるべく多く投入したいところであるので、ブログに投入する時間が膨れ上がらないように気をつけている。それにもかかわらず、時間をたくさん投入してバズを狙ったりするのは、BMWの例で言えば「なけなしのお金を使ってしまう」という部分とそっくりである。

新たなPDCAを回せ!

 本の同じ箇所をもう一度引用しよう。

 するとその時点で「BMW購入」のPDCAが止まるが、同時に「投資でお金を増やす」という別のPDCAが回り始めることになる。

 つまり、何かのPDCAを止めると、新たなPDCAが回りだすのである。私はブログを半年以上、なんとなく書いてきたが、これをきっかけに「なぜブログを書くのか?」「どのようにブログを位置づけていくのか?」を改めて考えるようになった。

 そこで、ブログはライフハックを極めるためのツールと位置づけ、それ以外の贅肉は徹底的にカットしていく、という方針にすることにした。

 例えば、取り組んだことの一つは、ブログ界隈では必須ツールとして知らているGoogle Analyticsをブログから解除した。これはブロガーとしての常識に反するので、『鬼速PDCA』を読まなかったらそのままGoogle Analyticsを継続してしまっていただろう。なぜ解除したかというと、「自分のライフハックスキルを向上させるのか?」ということだけにフォーカスすると、Google Analyticsの数値を見てニヤニヤすることはなんら貢献しないし、時間の浪費でしかない。広告やアフィリエイトも一切やっていないので、ページビュー数なども、自分にとってはどうでも良いということになる。どういう読者がどういうキーワードで訪問しているか、というのは運営上、多少は参考になるが、「自分のライフハックスキルを向上させる」と直接は繋がらない。

終わりに

 ブログのためのPDCAはまだ本格的に回せていないが、最近このことをずっと考えていたので、少しずつ方向性が見えてきたので良かった。

 そしてブログ以外にも、例えば仕事でも応用できる。「こんなスキルを身につけたい」と思っていても、「それは本当に役立つのか?単に見栄になっていないか?」と立ち止まって考えてみると、意外に不必要なPDCAを回しそうになっていることに気付かされることが多い。鬼速でPDCAを回すためには、優先順位の低いPDCAや、不必要なPDCAを抱える余裕は一切ないのだ。(→ブログのためのPDCAを回した先には、ブログ閉鎖も有りうるかもしれない?笑)

<鬼フェスとは>
 2017年2月18日から3月5日まで、毎日『鬼速PDCA』の記事を連続で公開しています。Twitterハッシュタグ「#鬼フェス」にて質問も受け付けています。『鬼速PDCA』体験記も募集しています。『鬼速PDCA』を実践している方は是非。詳しくはこちら。
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